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玉川大学・玉川学園同窓会
〒194-8610
東京都町田市玉川学園6-1-1
TEL:042-739-8960
FAX:042-739-8961
E-Mail:dosokai@tamagawa.ac.jp

同窓会とは

同窓会のあゆみ

1952
(昭和27年)

11月3日、運動会終了後、体育館に約200名の卒業生が集まり、懇親会を開催、これを契機として名実ともに玉川学園同窓会が発足した。
名誉会長に小原國芳先生 、会長に堀 久孝(旧中32)氏、副会長 三田英(旧中31)氏、今岡義正(旧中32)氏。  会員数2,139名。
発足の儀、会則、役員等の取り決めは、玉川学園在住の卒業生が準備委員となり、東京、横浜在住者の有志により起案、臨機の措置とする。会は卒業生相互の親睦と母校の発展に寄与することを目的とし、以後一貫して会の業務は、平田和子(旧女35)氏が中心となり、会員の消息を把握、活動を開始する。会則実施11月3日。
一方、中島喜男(旧中42 、札幌在住))氏が財政的援助を申し出、名簿作成費6万円、諸経費2万円の計8万円を寄付、会として機能する。 第1回全会員名簿作成。
大学の教育学科、英米文学科、農学科から初めての卒業生を迎える。

1953
(昭和28年)

5月3日、第1回同窓会総会を玉川学園において開催。
同窓会報創刊。

1954
(昭和29年)

大学通信教育課程から、初めて卒業生を迎える。
玉川学園創立25周年記念事業に、小原國芳先生外遊資金募金を同窓会が中心となって呼びかける。
第2回全会員名簿作成。

1955
(昭和30年)

11月13日 臨時総会。
会則改正。

1956
(昭和31年)

会長に森  清(旧中'33)衆議院議員が就任。副会長は堀久孝(旧中32)氏、峯尾正次(教通54)氏、柳沢昭(英米52)氏。森会長は「同窓会は玉川学園の応援団だ。私はその応援団長」を口癖とし、母校の発展に尽力する。当時、小規模財政の会のため、役員会には自宅を開放、夫人の手料理で家族ぐるみの協力を惜しまなかった。
出版部の一隅を借りて事務局を設置。事務局長に加藤 博(旧中'35)氏。局員は平田和子(旧女35)氏、黒木一雄(専商41)氏、山田康五(教育52)氏、二宮(加藤)真弓(英米57)氏。
2月14日 第1回評議員会。
小原國芳先生参議院選立候補の支援を契機に全国各地に支部づくりの機運が生じ、在来の関西、柿生支部に加えて、青森、静岡西部、岐阜、鹿児島、鳥取、秋田、長崎、福岡、函館、和歌山、福島、長野、横浜、宮城、茨城、愛知、山梨、山形、岩手、栃木、佐賀の各支部発足で23支部となる。
小原國芳先生の古希祝賀金を募り、乗用車シボレーを贈る。

1957
(昭和32年)

5月12日 総会で会則改正を審議。終身会費改め入会金制導入。
第3回全会員名簿作成。

1958
(昭和33年)

第1回全国支部長会開催。
北海道連合、札幌、埼玉、群馬、東京、登戸、新潟、滋賀、三重、奈良、広島東部、広島西部、山口、徳島、愛媛支部発足で38支部となる。
昭和34年に迎える学園創立30周年記念事業募金獲得のため、「玉川百科大辞典」の販売に協力する。

1959
(昭和34年)

会員数5,000名となる。
玉川学園創立30周年記念事業「小原國芳先生に書斎を」の募金を開始。
玉川学園創立30周年記念祭に物故者追悼の懐古室を設ける。
第4回全会員名簿作成。

1960
(昭和35年)

旭川、玉川学園支部発足。
役員改選。会長に森清(旧中33)氏再選。副会長に峯尾正次(教通54)氏・柳沢昭(英米52)氏・白石(金井)露(旧女37)氏が就任。

1962
(昭和37年)

事務局長に田口迪太郎(旧中38)氏。同窓会の将来に備え、役員会、事務局の組織、機構の整備・強化を進める。基本カードシステムを導入。
工学部建設の援助募金を開始。
町田、相模原支部発足。

1963
(昭和38年)

総会(11月24日)を、「小原國芳先生喜寿祝」の会として開催。
第5回全会員名簿作成。職業別索引を採用する。
支部活動の重大さを考え、支部補助金を予算化し、支給を開始する。これが後に、支部活動の活発化する大きなきっかけとなる。

1964
(昭和39年)

役員改選。会長、森清(旧中33)氏再選。副会長に植木泰雄(教通57)氏・柳沢昭(英米52)氏・米沢(白石)治(旧女37)氏。

1965
(昭和40年)

宮崎支部発足。

1966
(昭和41年)

会員数10,000名となる。工学部から、初めての卒業生を迎える。
第6回全会員名簿作成。

1967
(昭和42年)

女子短期大学から、初めての卒業生を迎える。

1968
(昭和43年)

森 清会長急逝の後を受けて、会長に柳沢 昭(英米52)氏が就任。副会長に植木泰雄(教通57)氏・米沢(白石)治(女高)氏・政田潤(教育57)氏が就任。柳沢新会長は実業家の目で会育成を指導し、組織の充実を一層推進。

1969
(昭和44年)

玉川学園創立40周年記念募金(礼拝堂備品)を開始。
事務局は、40周年記念事業室と同室となる。
第1回定例支部長会開催。
沖縄、京都、島根、岡山、熊本各支部発足。
会則改正(役員任期2年→3年)に。大学院から、初めての卒業生を迎える。
会員有志による第1回ヨーロッパ旅行。
第7回全会員名簿作成。

1970
(昭和45年)

会員数15,000名を超す。
第2回ヨーロッパ旅行。

1971
(昭和46年)

評議員会にて(6月9日)会則改正(入会金に加え、維持会費徴収開始)。
朔風館完成。かねてより同窓会館建設を望む声に応じ、同窓会基金と通大卒業生の親睦組織である芳友会が準備していた資金の提供により、玉川学園の朔風館建設計画と合体。
同館の一部を同窓会談話室および事務局とする。
総会(5月23日)は、朔風館落成披露を兼ねる。
香川、 静岡中部支部発足。
第3回ヨーロッパ旅行。

1972
(昭和47年)

事務局長に政田 潤(教育57)氏が就任。
事務局委員会(学内の若手会員教職員に委嘱)を新設。急増する若い世代にアピールする同窓会活動を意図。
「夏期教育研修会」に援助金を予算化、広く会員に参加を呼びかけ始める。
第4回ヨーロッパ旅行。

1973
(昭和48年)

小原哲郎(専文41)先生は玉川学園長就任にともない、同窓会名誉会長となる。
会員数20,000名となる。
第8回全会員名簿作成。本部と支部のつながりを密にする目的で「支部活動」発刊。
第5回ヨーロッパ旅行。

1974
(昭和49年)

総会(5月26日)を「小原國芳総長の米寿を祝う会」とし、同窓会名誉総長の称号を贈る。
静岡東部、高知、富山、釧路支部発足。
同窓会会報を「会報たまがわ」として刊行。
新入会員向けに「同窓会のしおり」を作成。
第6回ヨーロッパ旅行。

1975
(昭和50年)

玉川学園創立40周年募金は、礼拝堂の新パイプオルガンの製作費全額とその維持経費の一部とすることを評議員会にて決定。
クラス会・OB会に補助金の支給開始。
総会(5月25日)で、小原國芳総長は、玉川の次代を担う教職員の育成を目的とする
「玉川教育基金」を呼びかけ、約100万円の募金が集まる。この募金は、のちに創立50周年記念事業募金「同窓生による玉川学園教職員基金」の核となる。
在学中から同窓会に対する認識を育てたいとの意図で、玉川大学コスモス祭に展示をもって参加。同じ意図で、在学生向け広報「さくふう」創刊。
福井、石川、大分支部発足。
第7回ヨーロッパ旅行。

1976
(昭和51年)

会員数25,000名となる。
玉川学園創立50周年記念事業の一環として「同窓生による玉川教育基金」募金を開始。
卒業生陶芸家による蒼土会展開催(新宿・小田急百貨店)、「同窓生による玉川学園教職員基金」に協力を得る。LPレコード「わが師小原國芳先生」を製作。 
評議員会(1月24日)にて会則改正、副会長を6名とし、活動の充実を図る。副会長は、原勉(専商41)氏・中島喜男(旧中43)氏・植木泰雄(教通57)氏・橋本一弘(英米63)氏・米沢 治(女高)氏。事務局長に米沢 治(女高)氏が就任。
西湘地区、千葉支部発足をもって、全国の支部結成を完了。
広報「支部活動」を発展させ、役員広報「丘だより」を創刊。
玉川大学コスモス祭に、OB美術展の協力参加する。
第8回カナダ・メキシコ旅行。

1977
(昭和52年)

評議員会(2月21日)で会則改正。入会金についてステップ制を採用。
総会(5月22日)での小原國芳総長の講話は、同窓生に語られた最後のものとなる。
小原信先生6月12日逝去。
小原國芳先生12月13日逝去。
同窓生一同の悲しみも深く、前夜式・学園葬に全国より卒業生多数参列、哀悼の祈りを捧げる。またこの訃報は、海外在住者を含め住所判明者全員に通知される。
玉川大学コスモス祭に第2回OB美術展開催。第2回蒼土会展に協力。
第9回全会員名簿作成。

1978
(昭和53年)

総会(5月21日)は、 小原國芳先生ご夫妻追悼礼拝。礼拝堂を埋めつくし、外へも溢れた
多数の参会者がご夫妻の冥福を祈る。
同時に玉川学園40周年記念募金によるパイプオルガンの贈呈式および、完成記念披露演奏会。この新オルガンは北ドイツ様式で、建造は辻宏氏。披露演奏はオーストリアの新進奏者、ペーター・プラニアフスキー氏。
基本カード、宛名カードの更新(ホールソート方式からマーク方式へ)。カードのマーク、維持会費振替用紙の宛名書き(1971年以降)は短大生、大学生の労作に負うところ大である。これにより維持会費の納入率は60%~70%を得る。
臨時評議員会(7月、3日間)。50周年記念事業募金の推進方法を討議する。その決定にもとづき、11月20日発行の募金キャンペーン号の封筒に評議員が募金依頼の添え書きをし、成果をあげる。評議員の協力率は95%を上回る。
玉川大学コスモス祭に第3回OB美術展開催。第3回蒼土会展に協力。

1979
(昭和54年)

会員数30,000名となる
総会(5月20日)は、「第九を歌う会」。演奏は、玉川大学オーケストラ。同時に不要品バザーを開催し、売上は50周年記念事業募金「同窓生による玉川教育基金」に繰り入れる。
第4回蒼土会展に協力。
役員任期1年延長(募金促進のため)。
事務局委員会は発展解消し、事務局運営委員(8名)を委嘱。

1952(昭和27年)~ 1980(昭和55年)~ 2000(平成12年)~

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